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アラスカ8日目

これは2011年の夏、

僕がでかいバックパックを背負い、
たった一人でアラスカを旅したときのはなし。









8日目


本当に目覚めてからしばらくテントの中でじっとしていた。
外の物音に全神経を集中させた。



思い切ってテントのチャックを開ける。


何もいない。

朝の冷気に凍えながら無事に朝を迎えられたことに感謝する。



周囲に危険がないか確認しながら急いでテントをたたみ、荷物をまとめる。
まだ朝の冷気が漂う中、きのう進んできた道を歩きはじめた。



5分ほど歩くと湿地帯に出た。

道の両側に生い茂っていた白樺やトウヒは消え、一気に視界が開けた。
一面に紅葉で赤くなった低木草が繁茂し、所々にトウヒがぽつぽつと立っていた。



視界が開けたことで樹々の影に隠れていた朝日が姿を現した。
朝日は僕の真正面から昇り、周囲の紅葉した葉を真っ赤に染めていた。


真っ赤に燃える荒野の中で、僕はたった一人で立ちすくんでいた。
草、樹々、沼、雲、遠くの山々、全てのものに朝日は降り注ぎ、全てが美しかった。


草や葉の一つ一つが鮮明に浮かび上がり、それを見て感じたのは、
それぞれが美しく生きており、いま自分もその一つであり、全ての一部であるということ。



野性の偉大さを知り、自分の小ささを痛感した。



また歩き出した。
脚が痛かった。
しかし止まらなかった。



一刻も早く熊の恐怖から遠ざかりたかった。
生きねばと思った。生きるために歩かねばいけなかった。
朝から水も食べ物も口にしていなかったがこの生きたいという意志だけで力がわいてきた。





人は自分の死に直面した時に、最も生を感じる。
と言葉では、つまり頭では理解していた。


しかし実際に自分の身体で感じたのは初めてのことだった。



それは思ってたほど気持ちのいいものでも、感動的なものでもなく、なまなましかった。



この時は、自分が生き残れるのか、熊に襲われるのか、確率は五分五分のように思われた。
自分が生き残れるのか自信は持てなかった。



しばらく行くと湿地帯を抜け林の中を歩いた。
いいかげん力がでなくなってきたので、休憩し、栄養ドリンクを飲んだ。
休憩中も周りになにかいないか注意した。



また歩き始めると、左側の林からガサガサと音がする。
恐怖で立ち止まった。




うさぎが前のほうをぴょんぴょんと跳んで行った。






ビーバーダムを出発して1時間ほど経っただろうか。
人間を見つけた。

驚いた。


テントの前の焚火の前で座っている。
向こうはまだ気づいていない。


少し迷った後、heyと叫んだ。
熊みたいな身体をしたその男はgood morning!と応えた。






名前はロン。
ツアー観光やレンジャーの駐屯地的な役割をしているらしい。
4ヶ月もここで生活しているという。

気さくな男だった。
また二日酔いらしかった。



暖かいビーフシチューと冷たいレモネードを頂いた。
暖かいものを食べ、焚火にあたり、人と話し、不安と緊張は過ぎ去った。



20分ほどすると4台のジープが到着し、
たくさんのじいさんばあさんの観光客が出てきた。


ツアーの先導はポールという若者だった。
そしてなんとジープで僕を連れて帰ってくれるという。




昨日あれだけ苦労した道を、1時間ほどで走り抜けた。
そしてハイウェイ沿いのガソリンスタンドで下ろしてくれた。




ガソリンスタンドの横でお湯を沸かし、
甘ったるいインスタントコーヒーを飲み、
自分が生きていることを感じた。



もう熊の恐怖はなくなっていた。



しかしなんとなく寂しいような、
そんな気持ちがふと込み上げてきた。







要するに僕は熊の足あとを見てビビって帰ってきたわけだ。

非常に悔しいが正しい選択だったと思う。
人生においては諦めを選択せざるを得ない時がある。
この退却から得るものは大きい。




いや、もしそのまま進んでいれば無事にバスに辿り着けたかもしれない。
その後の天気も悪くはなかったし。



いや、それなら熊に殺されたかもしれないという可能性も拭いきれない。

また、ロンによると僕が来る一週間ほど前に4人組がバスを目指して行ったそうだが、
河を渡った後に嵐が来て河は増水し、結局彼らはヘリコプターで救助されたという。




もしもを考えるのは無意味だな。
事実として僕は2年半待ち望んだものを諦め、道を引き返し、いま生きている。また来れる。



次は独りでなくてもいいかもな。















星野道夫の言葉を引用する


もしアラスカに一頭のクマもいなかったら、
僕はまったく平和な気持ちで山々を歩けるだろう。
安心してキャンプもできるだろう。

でもそんなアラスカってなんてつまらないのだろう!

ここでは人々はクマとともに生きている。
人間とクマの間には戦争のような緊張感がある。
そしてそんな緊張感から人間にはある種の価値観が生まれている。

人間は自然を飼い馴らし、征服しようとし続ける。

しかしクマが自由に徘徊するような野性がまだ残っているところを訪れた時、
僕たちは本能的な恐怖を感じていく。

そのような緊張感をもてることはなんて素晴らしいのだろう。

そんなことを感じさせてくれるようなところ、
そしてそんなクマたちはなんて素晴らしいのだろうか。











ではでは^^

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